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[20060108]

ジャズの始まりは以前も書いたが、最初期はどんな感じだったのか、音源がないので確かなことは言えない。レコードがまだ発明されていなかったのである。レコードが出来た頃はディキシーランドジャズのようなものから、チャールストンなどが流行っていたようである。

それから、黒人でも自分のオーケストラを持てるような裕福な人が出てくる。デュークエリントンである。他にもカウントベイシーなどがビッグバンドを率いて、ダンスホールなどで演奏していく。今で言うディスコやCLUBのようなものである。しかし、黒人の音楽を白人が聞くということは許されないと大半の人が思っていた。黒人の音楽は不良の音楽なのである。しかし、サッチモことルイアームストロングは白人にも人気があった。そして、ベニーグッドマンやグレンミラーが白人の為のジャズを生み出していき、ジャズはアメリカを代表する音楽として確立されていく。

時は第二次世界大戦、終戦まじか、若者達が新しい音楽を生み出していた。ビバップの時代である。首謀者はバードことチャーリーパーカーとディジーガレスビーである。これは、テーマとテーマの間にアドリブでソロ合戦をするという熱狂の音楽である。他にはチャールスミンガス、セロニアスモンク、チャーリークリスチャンなどがいた。チャーリーパーカーのバンドには、若きマイルスデイビスが入ってくる。チャーリーパーカー曰く、あいつを他のバンドに取られたら、ライバルになって厄介なので、自分のバンドに入れたとのこと。ジョンレノンが、ポールマッカートニーのような才能のあるやつを、他のバンドに入れる訳にはいかず、一緒に組むことにしたのと似ている。


その後、ビバップに対抗するようにクールジャズが生み出される。首謀者にはマイルスデイビスもいた。これは、アドリブではなく、全てあらかじめ計算された演奏をするというもので、お勧めは、レニートリスターノである。クールと言っても、聞いてみると結構熱い演奏である。計算されている分かっこ良かったりする。

ビバップの熱狂再び、今度はハードバップと呼ばれるようになる。クリフォードブラウン、ソニーロリンズ、ジョンコルトレーンなどがいた。これに平行するようにファンキージャズなるものも出てくる。頭でっかちになりがちなジャズを踊れるジャズとして、ヒット曲も多い。キャノンボールアダレイやドナルドバード、デビュー当時のハービーハンコックもやっていた。

そして、マイルスデイビス号令の元、モードジャズへと突入していく。アドリブと言っても、コード進行に合わせて弾かなければならず、自由度は少なかった。その為、コード進行に左右されることなく、スケール上の音ならどれを弾いてもいいようにしたのである。より多くの音を発音出来るように、分数コードが多用されていく。これはロック界にも影響していき、バーズやクリームがインプロビゼーションを展開していく原動力となった。マイルスがこれを実現する為に集めたのが、新進気鋭の新人、ハービーハンコック、ロンカーター、トニーウイリアムス、ウェインショーターである。後にジャズ界を背負って大物になっていく者達である。これが、有名な黄金のカルテットである。

その後、フリージャズというものが誕生する。スケールにしばられることなく、今度は何を発音してもいいのである。どんなに不協和音となろうとおかまい無しである。想いのままを感情のままに演奏出来るのである。演奏する方は気持ちいいが、聞く方はそれなりの覚悟が必要である。オーネットコールマン、アルバートアイラー、ドンチェリー、エリックドルフィー、日本では山下洋輔が有名である。オーネットコールマンは後に、フリーにもルールがあるとしている。ジャズお得意の理論の後付けである。まるで数学者のようである。クラシック音楽理論からかけ離れていくジャズは、理論を後付けしていくのである。やったが勝ちなのである。

自由を求めていたマイルスデイビスですが、フリージャズにはいきませんでした。クールジャズにも傾倒しておりましたので、あくまでも理論的な音楽が好きだったのです。そしてマイルスが新たに始めたのが、ジャズロックです。当時の彼女ベティーデイビスから、ジャズミュージシャンはタキシードばかり着ていてダサイと指摘されます。時はフラワームーブメントの時代です。マイルスはヒッピーファッションを取り入れ、ジミヘンを教えられます。そして、マイルスが作り出したのが、ジェームスブラウンのFUNKとロックとジャズの融合でした。後にフュージュンと呼ばれますが、此の時はジャズロックと呼ばれておりました。

マイルス以前にゲイリーバートンがラリーコリエルと組んで、既にロックとジャズの融合を果たしておりますが、これはビートルズ的ロックとジャズの融合でおとなしいものでした。マイルスは、ファンクのリズムに、ジミヘン張りのノイジーギター、それにトリッキーなトランペットを浮遊させるというものでした。楽器もアコースティックからエレクトリックへと変更させられます。ロンカーターだけは、エレキベースを弾く事を最後まで拒み,ついにはバンドを去っていきます。ギターが必要で、ジョージベンソンやジョーベックなどを起用しますが、うまくいきません。既に、ドラムのトニーウィリアムスが、イギリスから連れてきたギタリスト、ジョンマクラフリンとジャズロックのバンド、ライフタイムを始めていて、それを聞いたマイルスは、ジョンマクラフリンを招き入れる事となります。そして、世紀の問題作、ビッチェズブリューが誕生するのです。

エレクトリックマイルス時代の最高傑作は、『オンザコーナー』です。これは一般的には、ファンキーな作品と紹介されておりますが、私が個人的に命名させて頂きます。これは史上たった一枚あるサイケデリックジャズの名盤です。後にアシッドジャズというものも出てきますが,それとは違います。サイケなのです。その高揚感は貴方を幾重ものオルガズムスへと導いていく事でしょう。

エレクトリックマイルス時代に鍛えられてきた、マイルスチルドレンが自分のバンドを始めます。ウェーザーリポート、リターントゥフォーエバー、ジョンマクラフリンマハビシュヌオーケストラと言う三大フュージョンバンドです。ここからはフュージョンの黎明期に入ります。私は個人的にこの時代が一番好きです。マイルスが薬中のリハビリの為、療養していた時代です。

後にクロスオーバーへと名称が変わり、リーリトナーやラリーカールトンなんかが、AORっぽいイージーリスニングな感じへと転換させていきます。そして、80年代には天才Wynton Marsalisが出てきます。彼はマイルスの曲をマイルス以上に巧く演奏すると言う意味での天才です。つまり、アーティストというよりプレイヤーなのです。彼の登場により、ジャズは原点回帰路線へと方向転換していく事となります。皮肉にも、ジャズマニアのウィントンが、ジャズをつまらなくしてしまったのです。

マイルスは死ぬ間際まで、ヒップホップとジャズの融合など革新を貫きますが、彼の死をもって、ジャズは急進力を失っていきます。ハービーなんかは今も現役で、チャレンジ精神はありますが、新しい事は生み出せておりません。

そして今は、何か新しい事をやろうというよりも、既にある音楽から何をやろうかと選択する時代となっております。ほとんど出揃った感がある時代、新しい事をやろうとしても思いつかないのです。それで私が思いついたのが、32ビートという、まだ手垢があまりついていない領域の開拓です。自分の信念を理解して頂く為に、こんなに長いブログを書いてしまいました。この点につきましては、追々書いていきますので、今後とも宜しくお願いいたします。
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[20060108]

ロックとは別の流れで、黒人もビート感を持った音楽を作り出していく。モータウン系や、スペクターサウンドなどがあるが、サムクックからオーティスレディングに流れるリズム&ブルースという音楽が熱い。最近のR&Bとは違います。

それに平行して存在していたのがSOULミュージックである。帝王はジェームスブラウンである。このジェームスブラウンがリズムの改革を断行する。思いついたリズムパターンをドラマーに強制させ、その上に、実に黒人的な和音のギターカッティングを絡め、シャウトしまくる。これがFUNKの誕生である。確か最初の曲は、PAPA'S GOT A BRAND NEW BAGではなかったかと思う。そして、その辺にブラブラしていたセッションベーシストのブーチーコリンズを雇い入れ、有名なSEX MACHINEが出来上がる。

それに呼応するかのように、黒人の間にはFUNKムーブメントが巻き起こる。時はフラワームーブメントの時代、スライ&ファミリーストーンが高らかにメッセージをファンクに乗せ歌い上げる。メッセージは黒人から白人に対するものが多い。そして、このバンドには、ラリーグラハムというチョッパーベースを初めて使ったベースプレイヤーがいる、歴史的バンドである。

その後、FUNKは白人にも歓迎され、ロックバンドも取り入れるようになっていく。ツェッペリンは聖なる館以降のアルバムで、FUNKを取り入れ、エアロスミスは有名な、ウォークディスウェイ、ラストチャイルドという名曲を生み出していく。あまり知られていないが、私のお勧めは、イアンギランバンドの鋼のロック魂というアルバムがフュージョン系だが、ファンキーなロックアルバムになっており、タイトルが合っていないが、無茶苦茶カッコイイ。ロックバンドのやるFUNKは切れがあってカッコイイのだ。今ミクスチャー系のバンドがいるが、最初は彼らにも期待していたが、このカッコイイロックファンクを知っているだけに、正直がっかりさせるものが多い。

さて、黒人側では、先ほどのブーチーコリンズ、バニーヲーレルがいる、ジョージクリントン率いるP-FUNK軍団が新たなFUNKを作り出していく。ファンカデリック、パーラメントというバンド形態を持って突き進む。そして、アイザックヘイズのようなファルセットを聞かせる、プリンスが登場する。ファーストアルバムでは、一人で全ての楽器を演奏するなど、その天才ぶりを発揮していくが、ストーンズの前座をやってさんざん罵られて悔しかったのか、ロックを大胆に取り入れ、パープルレインで大ブレークする事となる。

80年代、既にジェームスブラウンはラップを披露している。多分最初にレコード上でラップしたのはジェームスブラウンである。ヒップホップはまだ、限られた地域だけの音楽だったが、SEX PISTLESのマネージャー、マルコムマクラレーンが、いろんな地域の音楽を紹介するアルバムを出す。その中で、バッファローギャルと言う曲で、ヒップホップを紹介している。これに影響されたハービーハンコックがROCK ITと言うヒット曲により、ヒップホップは世界的に知られる事となる。

あれから20数年、今だにヒップホップが新しい音楽となっている。これはどうしたものか。新しい音楽が全然出てこないのである。いい加減うんざりである。最初は私もヒップホップを気持ち良く迎え入れたが、90年代後半には飽き飽きしていた。もともとプログレ好きなので、単純なラップには嫌気がさしてくる。そこで、エイフェックスツインやスクゥエアープッシャーに走ることになるのだが、彼らも最近は頭打ちな感じである。誰かが新しい扉を開かなければ、泳ぎを止めた鮫は死に絶えるのみである。

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